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岩瀬の凄さ

プロ野球、中日ドラゴンズの岩瀬投手が引退を発表しました。

フライングの報道ですでに知ってはいたのですが、前人未到の1000試合登板を控え、自重してたとのこと。

昨日の会見では晴れ晴れした表情でした。

プロ入りからずっと観てきた生え抜きの選手ですからね。

感慨深いです。

地元の選手だし。

義理の弟(元)と同じ年。高校時代に投げ合ったことがあったらしいのですが、まさか、こんな選手になるとは思わなかったそうです。

晩年は打たれる度、SNSなどで野次る声もありましたが、成績を見ると改めてその凄さが伺えます。

15年連続50試合以上登板

通算防御率 2.31

15年の中で防御率が3点を超えたのは1度だけ。

勝ち星も敗戦より8上回っています。

中継ぎ、クローザーを務めて、此の成績は本当に凄いの一言です。

でも、それをわかってる人って案外少ないんですよね。

明らかにドラゴンズの一時代を築いた選手。長い間お疲れさまでした。

いつか、指導者としてドラゴンズに帰ってきて強いチームを作って欲しいです。

浅尾引退に思う

プロ野球、セントラルリーグもカープが3連覇を達成し、我がドラゴンズは6年連続のBクラスがほぼ確定しようとしています。

秋風が吹いてきました。

ドラゴンズの最強時代を支えた、岩瀬、荒木、浅尾が揃って引退を表明。

寂しい限りです。

岩瀬、荒木はともかく、浅尾投手はまだ若い。まだやれるんじゃないかって声もあるでしょう。

でも、アスリートの引退って肉体的、年齢的要素より、精神的要素のが強いと思うんです。

浅尾投手は全盛期、150キロを超える真っ直ぐでセットアッパーを務めました。史上初、セットアッパーとしてチームの優勝に貢献しMVPも獲得。

ところがここ数年は右肘などの故障の影響でピッチングスタイルの変更を余儀なくされました。

変化球を交え打者を交わすピッチング。確かに今の野球は打者の芯を外すピッチングが主流となりつつあります。

今年はそれでも1軍で久々に投げる機会が与えられました。

でも、多くは敗戦処理でした。

パームボール、スライダー、カットボールなどを駆使して投げる浅尾投手。涙が出ましたね。

先日のジャイアン戦で3失点した時、もしかしたら引退かもしれないと思ったんですが、その通りになりました。

スタイルを変えるって並大抵のことではないんと思うんです。それに浅尾投手は心が折れたんでしょうね。

どれだけ技術や技量があっても心がついていかないとダメだと思うんです。

これは、アスリートだけではありません。我々も同じです。

もうだめだって思うのは本人でしかない。

諦めるなって周りは簡単に言っても、頑張るってそんな簡単なものじゃないと思うんです。

変わるという選択。やめるという選択。

どちらも間違いじゃない。いかに本人が納得いくか、だと思うんですよね。会見に臨んだ浅尾投手の笑顔は清々しい笑顔でした。

きっと、やりきったんでしょうね。

寂しいですが、これからもドラゴンズのために尽力いただきたいです。

最近、ボクの真っ直ぐが世の中に通用しなくなってる気がしてます。

松坂と甲子園

今日は気が付けばこの時間。

最近、パンを焼くのにはまってまして、今日は1日2回も焼きました。

一体何屋やねん(笑)

ちょっとコツを掴んでいい感じです。

ランチに見えた奥様方にご購入頂きました(笑)

今日の甲子園。

ドラゴンズの松坂投手が12年ぶりに登板。

誕生日に見事勝利をおさめました。

松坂君はやっぱり甲子園が似合うね。

なんか泣けた(笑)

ヒーローインタビューで、同い年の村田、後藤、杉内君を労い、その気持ちを込めた投げたと。

貴方はやっぱり素晴らしい。

1年でも長く投げてください。

誕生日おめでとう!

100回目の夏

いよいよ明日から始まる夏の甲子園。

今年は100回記念大会。

たくさんのドラマが生まれてきました。

PL学園、横浜、池田、興南、駒大苫小牧、智弁和歌山、大阪桐蔭、日大三、箕島、取手ニ、早稲田実、東海大相模、花咲徳春、佐賀北、中京大中京、銚子商、西日本短大附、前橋育英、柳井、帝京、習志野、常総学院

数えだしたらキリがありません。

今年は記念大会という事で大会前から特番も幾つか。

観るたびに泣けてきます。

今年も泣かせてもらいましょう、数々のドラマに。

中日ドラゴンズ、一昨年のドラフト1位、柳投手。

彼には背負わなきゃならない宿命がある。

竜のエースへ。

横浜高校から明治大学。

大学ではエースでキャプテン。

そして、中日ドラゴンズに入団。

1年目は1勝止まり。

本人が1番不甲斐ないと思っているだろう。

明治大学のエースからドラゴンズ。

これはドラゴンズのエースへの系譜。

古くは伝説のフォークの使い手、杉下。

そして燃える男、星野仙一。

明治魂受け継ぐ、川上憲伸。

星野仙一亡き今年、エースの称号を受け継ぐのは君しかいない。

今年は12球団最速で完封を成し遂げた。

やればできる。きっと。

柳よ。エースの称号を勝ち取れ。

復活

松坂が勝った。

日本球界では実に4241日ぶりの勝利。114球の熱投だった。

プレイボールから一挙手一投足を固唾をのんで観ていた。

実に8四死球。

それでも松坂は崩れなかった。

あれが松坂の真骨頂だろう。

思い起こせば20年前の夏の甲子園。

輝く松坂をボクは憧憬の念で観ていた。

まだあどけなさが残る顔立ち。

PLとの延長17回を投げ切り、翌日の明徳義塾戦。4点ビハインドからレフトのポジションからマウンドに向かう松坂。肘に貼ってあったテーピングを剥がすのが印象的だった。

そして、決勝戦でのノーヒットノーラン。

松坂は伝説になった。

ドラフト1位で西武ライオンズに入団。

やがて海を渡り、ジャパンのエースにもなった。

そして、挫折。

神様は乗り越えられない試練を人に与えないという。

松坂は乗り越えた。

純粋に野球をやりたいと思いながら。

最近、やっとドラゴンズのユニフォームが似合う様になってきたと思う。

復活はまだ序章に過ぎない。

松坂が松坂であるために。

松坂!

昨日のナゴヤドーム。

ホークスを退団しドラゴンズに移籍した松坂投手が12年ぶりに日本球界で先発した。

あの松坂投手がドラゴンズのユニフォームを着ているのがいまだ信じられない。

往年の輝きは確かにないが5イニング96球3失点の内容。

この数字をどう取るかは自由だ。

涙が出てきた。

あの松坂がナゴヤドームでドラゴンズブルーを身に纏い、一心不乱に投げる。

復活をかけて。

真っ直ぐは140キロを超えた。

まともに打たれたヒットもわずか。

ボクは松坂を信じたい。

きっと大丈夫。

だって松坂は松坂なんだから。

数々の実績を残し、地に落ち、それでも野球に向かう姿に胸を打たれる。

誰もが復活を期待している。

だって、あの松坂なんだから。

平成の怪物も38歳になろうとしている。

再び輝くための礎はできたと思う。

ドラゴンズのためじゃなくていい。

松坂は松坂のために投げればそれでいい。

きっと大丈夫。きっと大丈夫。

竜の松坂

久しぶりにワクワクしている。

昨日、中日ドラゴンズの入団テストに松坂投手が合格。

ソフトバンクを退団し現役続行を希望していた松坂投手にドラゴンズが手を差し伸べた格好だ。

思い起こせば20年前「平成の怪物」と呼ばれ甲子園を沸かせた。

ボクは個人的に大好きな選手なのである。

日本球界に復帰して、度重なる怪我のためまともに投げられていない。

でも、松坂は松坂なのである。

これだけドラゴンズがマスコミに報道されたのは久々ではなかろうか。

昨夜は珍しくニュースをはしごして観た。

20年前から少しふっくらしたがあの愛らしい笑顔は変わっていない。

もう、155キロの真っ直ぐは投げられないだろう。

メジャーリーガーを翻弄したカットボールのキレもないかもしれない。

でも、松坂は松坂なのだ。

もしかしたら名古屋で引退かもしれない。

それでも最後に一花咲かせて欲しい。

平成の最後に、平成の怪物の復活を夢見て。

YouTube

今は便利な時代になりました。

昨夜、眠れずにFacebookを見ていたら星野さんの記事が幾つか上がっていました。

その中に、YouTubeの動画がありましてね。

もう、追悼番組が上がっているわけです。

もう、何本も観てしまいました(笑)

改めて思ったのは、愛情のある人だなぁって事。

もう、2度とああいうタイプの人は出てこないと思いますね。

人心掌握力が長けてるっていうか、なんというか。

なんか、心にぽっかり穴が開いたような気がしてます。

ここまで影響があるとはボクも驚いているけど。

改めて、合掌。

さらば、闘将

今朝、衝撃的なニュースが飛び込んできました。

ご存知の方も多いでしょうが元中日ドラゴンズの監督、星野仙一さんが亡くなられました。享年70歳。

ちょっと早すぎると思います。

ボクが物心ついた頃にはドラゴンズのエースで気合い溢れるピッチングが印象に残っています。

引退後、ドラゴンズの監督に就任。2期で2回優勝に導いてくれました。鉄拳制裁が有名で生え抜きの選手をとことん鍛え、積極的なトレード、宿敵ジャイアンツに対する闘志。大好きでした。

ところが2001年のオフ、ドラゴンズの監督を退任してタイガースの監督に就任。これにはめちゃくちゃ、ショックでね。

「俺の体にはドラゴンズブルーの血が流れている」

って言ってたのは嘘だったのかと頭にきて大嫌いになりました。ちょうど、金木犀の香りがする頃で、今でもその香りを嗅ぐとその時の気持ちが思い出されます。

その後はタイガースを優勝に導き、イーグルスを日本一に導いたのは記憶に新しいと思います。

嫌いになったとはいえ、星野さんの言動は気にしてましてね。去年、野球殿堂入りの表彰は星野さんがかつてタクトをとったナゴヤドームでした。挨拶の中で、閑散としているナゴヤドームを嘆いていました。

そして、荒木選手がイーグルス戦で2000本安打を達成した時花束を渡したのは星野さんでした。ホント嬉しそうな表情で荒木選手の頭を撫でるシーンを見て、星野さんはドラゴンズのことを今でも思ってるんだって思ったんです。

低迷するドラゴンズを立て直せるのはもしかしたらこの人しかいないんじゃないかと。

今、思えば星野さん、ドラゴンズを去って正解だったと思う。野球人として幅が出来て、北京オリンピックの代表監督にも就任。多分、名古屋にいたら名古屋だけの人で終わったかもしれないしね。

膵臓癌を患っていたそうで、ひた隠しにしてきたのも、いかにも星野さんらしい。

野球界においても、大きな人材を亡くしたと思います。

せめて、東京オリンピックまでは生きていて欲しかった。

野球がオリンピックに復活する、そしてこの国での開催。

もしかしたら1番望んでいたのは星野さんかもしれません。

星野さん。天国からドラゴンズの未来、野球の未来をどうか見守ってください。そして、叱咤激励をしてください。

あなたの教え子たちが1人でも多くこの野球に貢献してくると信じてボクはこれからも野球を愛します。

合掌。

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