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玉子焼き

ふらっと京都に行った時のこと。

武大は無性に寿司が食べたくなり店を探した。

京都の夏は茹だるように暑い。祇園辺りを散策して、高台寺のアップダウンの激しい坂を歩き汗が噴き出す。

ふと見ると、江戸前寿司と書いた看板を見つけた。京都で江戸前寿司って珍しい、入ってみることにする。

カウンターとテーブルだけのこじんまりした店だった。60を過ぎたぐらいの大将がひとりで切り盛りしていた。とりあえず生ビールを頼む。だが、瓶ビールしかないという。まぁ、しょうがない。瓶ビールで我慢してグラスに注ぎ一気に飲み干した。噴き出していた汗が一気に引いていく気がした。

つまみをお任せで頼んだ。京都らしく、湯葉の刺身が出て、蛸の柔か煮が続いた。可もなく不可もなく無難な味だった。武大は気になる物があった。カウンターの上に置いてある玉子焼きだった。まだ開店間もない感じだったので、おそらく焼きたてだろう。大将に玉子焼きを切ってくれと頼んだ。

口にして驚いた、卵の味が濃く出汁も効いている。湯葉や蛸より玉子焼きのが気に入った。

「大将、美味い玉子焼きですねぇ」

「おおきに。やっと玉子焼きを褒められるようになりましたわ」

意味がよくわからない。60も過ぎているのだからきっとキャリアは40年は経っているはずだ。キョトンとしている武大に大将はつとつと話始めた。

元々は関東の人間で、東京で修行中に京都出身の女性と出会い結婚して、ここに店を構えたという。2人で店を切り盛りしてたらしいが、博打好きが興じて、仕込みを女将さんに任せるようになった。仕入れをして自分はパチンコや競馬に出かける。夕方に店に戻り女将さんが仕込んだネタを握る。手先が器用な人で大抵の仕込みは直ぐ覚えたという。

女将さんの大の得意は玉子焼きだった。お馴染みさんにも好評でいつしか大将は玉子焼きは一切焼かなくなったらしい。

「アホやったんですよ。女房の体調が悪いのも気づかず遊んでたんやから」

女将さんは癌だった。しかも末期の膵臓癌で闘病生活も長くなく亡くなったという。

女将を亡くした後、博打は一切辞めて仕事に打ち込んだ。元々は腕のいい人だったのだろう。お馴染みさんも徐々に戻ってきて店もなんとか持ち直した。

「でも、玉子焼きだけはお馴染みさんに褒められへんかった」

大将が恥ずかしそうに笑う。

「いや、これなら天国の女将さんも納得じゃないですかね。ま、ボクは女将さんの玉子焼き食べたことないけど。食べてみたかったな」

大将にビールを勧めたが、酒も博打も足を洗ったからと断られた。

「息子2人は勤め人になったけど、孫が、じいちゃんみたいな寿司屋になるんやって言うてくれてな。それまでは頑張らないかんと思って」

そう言って大将は笑った。

人生はやり直しがきく。武大はそんな言葉を思い出した。

そして、玉子焼きをお代わりした。

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