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想いを継ぐこと

葬儀、初七日を終え、親父の店に立ち寄った。9月だというのにまだまだ残暑は厳しい。

主人を失った店内。

静まり返った中に、まだ親父の残像が残っているような気がする。

まだ、4日前までここで仕事をしていたのだ。

「辰巳寿司」

臈纈染で染められた藍色の暖簾が壁にかかっている。付け場は程よく掃除して整頓されていた。

身体の異変を感じながら、その日の営業を終え片付けをしていたのだろう。

カウンターの前で倒れていたのを洗い物をしていた妹、民子が見つけ、救急車を呼んだ。

意識は戻る事なく、その人生の幕を閉じた。

私がもっと早く気づいていたらと、民子は葬儀の最中、ずっと泣いていたが民子のせいじゃない。

それが親父の生き様だったのだと思う。

高校を卒業して東京の日本料理店で6年働いた。母親の持病が悪化したのを機に故郷に帰りしばらく一緒に働いた。

でも、反りが合わなかった。

寿司職人と和食の板前。似ているようで非なるものだ。些細な事で言い合いになるのが嫌で袂を分けた。

以来、親父は妹と店を切り盛りしていた。

そして、俺は隣町で小さな居酒屋を開いた。

冷蔵庫を開ける。当然、明くる日も店を開けるつもりだったんだろう。ネタ箱には綺麗に寿司ネタが納められていた。

鮪、白身、イカ。

車海老、玉子焼き、穴子。

銀缶の煮汁の中には煮ハマが入っている。

相変わらず、江戸前の仕事だった。

民子が立っていた。

「お兄ちゃん、何してるの?」

「ん?親父の仕事っぷりを見とこうと思ってな」

「私、お父さんとお兄ちゃんが付け場に立ってる風景が大好きだった」

「すまん、俺のわがままで」

何も親父のことを極端に嫌ったわけじゃない。市場で時々顔を合わせることもあったが挨拶ぐらいはちゃんとしていた。

自分の店でも寿司は時々出していた。居酒屋なのに美味い寿司だとお客からも好評だった。

この街から寿司屋が次から次へと消えていって久しい。まともな寿司が食えなくなったと嘆く声も聞いていた。

「民子、通夜と葬儀で参列何人だった?」

「しっかり把握してないけど600人ぐらいだと思う」

ほとんど知らせもしてないのに本当にたくさんの人が送ってくれた。全部が全部親父の握りのファンじゃないだろうけど、これも親父の人柄だろう。

「民子、親父の寿司は美味かったか?」

「うん。日本一美味かったよ」

一緒に働いていた頃の仕込みノートはとってある。親父のことだ、それほど割りを変えていることもないだろう。

この街からまともな寿司屋を消しちゃダメだ。

「民子、1ヶ月後、店を開けるぞ。辰巳寿司の新規オープンだ。後継じゃねぇぞ、あくまでも新規開店だ」

民子がまた、泣き出した。

親父、寿司屋の文化を消さないぜ。力を貸してくれ。

その時、立てかけてあった巻き簾がカタンと倒れた。

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