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天才。

    
     07年の春、じいちゃんが逝った。

     大好きだったじいちゃん。昔話が得意だった。
     昔話と言ってもおとぎ話ではなく現実の話。
     それは戦争に行った話と、競馬の話だ。
     「わしはな、最後の最後まで前線で戦ったんじゃ」
     口癖だった。
     もうひとつの口癖。
     
     「天才って、わかるか?」
     「知ってるよ。頭のいい人」
     「違うな。福永ってジョッキーがいてな。天才ってのはな福永のことだ
           な。本命でも穴でももってくる。あんな腕のいいジョッキーはいねぇん
      だ。昔な、春の天皇賞でエリモジョージって馬でな、12番人気で勝ち
      やがった。しびれたなぁ。でも福永、落馬で大怪我してな、引退しちま
      った。寂しかったなぁ」

     子供の頃聞かされた話。
     僕はいつしか
     天才=フクナガと摺りこまれた。

     じいちゃんの葬儀の日は春の天皇賞だった。
     通夜が終わった後、棺の前で新聞を広げる。
     人気しそうなのはメイショウサムソン。前年のダービー馬だ。
     馬柱を眺めてフッと目にとまる。
     福永だ。天才の息子は立派にジョキーになっていた。
     「じいちゃん、エリモだ。福永の息子がエリモに乗ってるよ」
     天才の息子の乗るエリモエクスパイアには印がほとんど無かった。

     じいちゃんが荼毘にふされている間の待合室。
     みんなはじいちゃんの思い出話にふけっていたけど
     僕は独り、テレビの競馬中継を観ていた。
     残念ながらじいちゃんの競馬好きは誰にも遺伝することはなかった。
     
     ファンファーレが鳴り16頭がスタート。
     淀の3200mはタフなコースだ。
     レースを引っ張るのはユメノシルシ。
     16頭がやや長い隊列を作って薫風を浴びながら新緑の中を走る。
     サラブレッドは実に美しい。
     福永は中団で折り合いをつけている。
     2周目の3コーナーを過ぎたところで徐々に馬群が固まってくる。
     直線を向いたところでメイショウサムソンが躍り出る。
     福永はまだだ。
     内からトウカイトリックが伸びてくる。
     そして外から福永のエリモエクスパイアだ。
     僕はそっと拳を握った。
     ゴール前、3頭が並んでなだれ込んだ。  
   
     エリモエクスパイアは11番人気で2着だった。
     「じいちゃん、やったよ、福永がエリモで穴をあけたよ」
     
     じいちゃんの遺影が笑ったように見えた。

     G1 天皇賞(春)  

     5月1日  京都競馬場  芝3200m
     
     

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