ボクのすし論①
今日は連休ですが、年末年始の支払いや雑用に追われました。
やっとのことで、ほぼ全ての支払いが完了。後、少し未払いのがありますが、目鼻がついてきました。
今日はちょっと、ボクの「すし」についての考えを書いてみたいと思います。
昨日の石田さんの本の影響もあるかもしれないかな。
あくまでも、ボクの考えなので文句がある方はカウンターですしを食べに来て文句言ってください笑
過去にブログに書いたことと重複するかもしれないし、昔の考えと変わったこともあるかもしれないですが悪しからず。
一口に「すし」と言っても様々な形態の「すし」があります。スーパーなどに置いてあるパック寿司も「すし」だし、東京の銀座や名古屋の錦などにある、1人数万円するのも「すし」その中間にもたくさんの業態の寿司屋さんがあります。
単に「すし好き」と称しても、先程のパック寿司で満足する人もあればそうでない人もある。最近よく聞く「多様性」ってのが寿司屋にも当てはまりますね。
選択はあくまでもお客さま。ボクはこの場所で、自分が握りたい「すし」を提供しています。多少、地域性も考えはしますが、そこまで重きを置いていません。だから地元のお客様の割合が他店とは低いんだと思っています。地域性を重視した「すし」にすると、握りたいネタは握れません。いいネタはどうしても高価です。例えば鮪。安価な冷凍物は1キロ2000円代からありますが、去年仕入れた大間の鮪は1キロ22000円。およそ10倍の差があるんです。高価なネタを使えばそれなりの金額を頂戴しないと商売が成り立ちません。さらに経費は仕入れだけでなく、水道光熱費、人件費、様々な経費が必要。いかにして利益を出すか。そこも考えねばなりません。
マーケティングも勉強しましたが、やはり大事なことは「いい仕事」をすることです。ちゃんとした仕込みをしたネタは必ず美味しいんです。でもそれはお客様の判断。ボクが美味しいと思ってもお客様に美味しくないと思われたらそれまでなのです。でも、自分が手を抜いたかどうかは自分がわかってるでしょ。そうならないように毎日、手を抜かずに仕込みするのです。
いつか、想いは通じます。
個人の寿司店はどんどん減少傾向にあります。先程の繁華街はおそらく、増加傾向にあると思います。
なぜか。高いお金を取れるからだと思います。今や富裕層だけでなくインバウンドのお客様も増えています。外国からくるお客様は自国より本物のすしを求めてきます。そしてお金持ちばかり。いいお客様です。でも価格は先程言ったみたいに数万円はします。でも、そんな高額な「すし」って誰もが食べれるでしょうか。
握り寿司の歴史は江戸時代、今年から始まった大河ドラマの「べらぼう」のちょっと後ぐらいです。当時はそれほど高級ではなく大衆文化から発祥しました。それが今では高級品。元来の大衆性が失われつつあります。
今読んでる、菊乃井の村田さんの本にこんなことが書いてありました。
「料理屋というのは元来は公共のもの。予約が取れない5万や7万の寿司屋は大丈夫か?」
ということです。これはボクもそう思います。楽山も高いと言われますが、そこまでではないと思います。ランチは2800円から。天井のメニューは12000円。ちょっと頑張れば誰にも来ていただけると金額です。これは、ボク自身が自分がお客様で行って出せる金額をベースに考えます。自分が払いたくない金額をお客様からいただけないじゃないですか。そんなお店の大将は月に数回、何万円も出して外食してるんでしょうね、きっと。
楽山の前身「さかえ鮨」は典型的な街の寿司屋さんでした。父がわずか10坪の敷地で開店して、出前中心の寿司屋でした。それが外食産業の変化とともに、少しづつ店内で飲み食いするお客様が増えて今の形になりました。昔はおまかせなんてやってません。握りを頼めば同じネタが2カン握られるシステムでした。ちょうど楽山になったぐらいにお客様から
「1カンづつでもいいですか?いろいろ食べたいので」
という声を聞き、父は1カンづつ握るスタイルになったのを記憶しています。街の寿司屋ってのは元来、飲んでつまんで握ってもらって帰るってのがスタイル。それがいつのまにかおまかせ中心になってきました。それはそれまで単価が明確じゃなかったこと。「時価」ありましたよね。あれが個人の寿司屋からお客様が離れた原因の一つじゃないかと思っています。回転寿司は明朗会計でしょう。それもお客様には魅力だったんじゃないでしょうか。だから値段がわかる「おまかせ」のが安心してオーダーができる。それに単品のがどうしても割高になります。それでも単品がいいというお客様にはそうやって対応もしていますよ。
ボクが父から受け継いで5年が過ぎ、やっとボクも「寿司屋」らしくなってきたと思います。以前は「和食の板前」だと公言していましたが今では「寿司屋」って言えますからね笑
5年かけて、ボクなりに今考えている「すし論」
これからも時間があるときにちょいちょい、書いてみます。
