さらば、闘将
今朝、衝撃的なニュースが飛び込んできました。
ご存知の方も多いでしょうが元中日ドラゴンズの監督、星野仙一さんが亡くなられました。享年70歳。
ちょっと早すぎると思います。

ボクが物心ついた頃にはドラゴンズのエースで気合い溢れるピッチングが印象に残っています。
引退後、ドラゴンズの監督に就任。2期で2回優勝に導いてくれました。鉄拳制裁が有名で生え抜きの選手をとことん鍛え、積極的なトレード、宿敵ジャイアンツに対する闘志。大好きでした。
ところが2001年のオフ、ドラゴンズの監督を退任してタイガースの監督に就任。これにはめちゃくちゃ、ショックでね。
「俺の体にはドラゴンズブルーの血が流れている」
って言ってたのは嘘だったのかと頭にきて大嫌いになりました。ちょうど、金木犀の香りがする頃で、今でもその香りを嗅ぐとその時の気持ちが思い出されます。
その後はタイガースを優勝に導き、イーグルスを日本一に導いたのは記憶に新しいと思います。
嫌いになったとはいえ、星野さんの言動は気にしてましてね。去年、野球殿堂入りの表彰は星野さんがかつてタクトをとったナゴヤドームでした。挨拶の中で、閑散としているナゴヤドームを嘆いていました。
そして、荒木選手がイーグルス戦で2000本安打を達成した時花束を渡したのは星野さんでした。ホント嬉しそうな表情で荒木選手の頭を撫でるシーンを見て、星野さんはドラゴンズのことを今でも思ってるんだって思ったんです。
低迷するドラゴンズを立て直せるのはもしかしたらこの人しかいないんじゃないかと。
今、思えば星野さん、ドラゴンズを去って正解だったと思う。野球人として幅が出来て、北京オリンピックの代表監督にも就任。多分、名古屋にいたら名古屋だけの人で終わったかもしれないしね。
膵臓癌を患っていたそうで、ひた隠しにしてきたのも、いかにも星野さんらしい。
野球界においても、大きな人材を亡くしたと思います。
せめて、東京オリンピックまでは生きていて欲しかった。
野球がオリンピックに復活する、そしてこの国での開催。
もしかしたら1番望んでいたのは星野さんかもしれません。
星野さん。天国からドラゴンズの未来、野球の未来をどうか見守ってください。そして、叱咤激励をしてください。
あなたの教え子たちが1人でも多くこの野球に貢献してくると信じてボクはこれからも野球を愛します。
合掌。