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いつもそこに寿司があった

挙式を3日後に控えた夜、花嫁になる娘、美沙から寿司を食べに行こうと誘われた。泰造は少し驚いたが娘として一緒に寿司を食えるのもこれが最後だと思い即決した。

通い慣れたいつもの寿司屋。この家に越してきて20年以上になる。それ以来の付き合いだ。暖簾をくぐると、いつもの親父の顔がある。

「いらっしゃい!あれ珍しい、美沙ちゃんも一緒だなんて」

娘が結婚することやんわりと伝えてあったのだが子供の頃から美沙を知る親父も嬉しそうだった。

生ビールで乾杯。つまみをおまかせで頼んだ。蛸の桜煮、鯵のタタキ、鮪のネギ焼。親父のつまみはいつも秀逸だ。

「お父さん、長いことありがとう」

美沙が突然言い出した。

「今更、なんだよ。藪から棒に。なんでもいいから幸せになれ」

考えてみると、泰造の人生にはいつも寿司があった。子供の頃から、そんな裕福な家庭ではなかったが誕生日、進学、正月、節目で食べたのは寿司だった。大人になってもそれは変わらなかった。働き出して、結婚して子供ができても。

「いつもウチにはお寿司があったね」

美沙が海老の握りを頬張りながら言う。

子供達にも、何かあると寿司を食べさせてきた。この店にもその都度、世話になってきた。

「大将、いつもありがとう。ウチの子供たちはここの寿司で育ったようなもんだ」

「何をおっしゃる、いつも贔屓にしてくださって。こうやって嫁に行く前の美沙ちゃんに寿司を握れて、私も寿司屋冥利につきるってもんです」

いつも謙虚なここの親父は数年前に女将を癌で亡くして娘さんと切り盛りしていた。女将さんが生きていたら美沙の結婚をさぞかし喜んでくれただろう。

聞けば、この手の寿司屋が減っているという。回転寿司や持ち帰り専門店に押されているのだろうか。寂しい限りだ。小さな寿司屋には小さな寿司屋の良さがある。アットホームだったり気心が知れたらこんなに落ち着く場所はない。

そんなことを考えていると、親父が握り始めた。

赤身のヅケ、中とろ、平目の昆布締め、コハダに穴子。どれも仕事をしてある江戸前の握りだ。

「大野さん、こんなところでいいですか?」

「ありがとう。最後に牛蒡を手巻きで巻いてくれるかな」

最後に巻物で締めるのが泰造の流儀だった。若い頃、上司に教えてもらった流儀を今も続けている。

勘定を済ませて店を出た。

「お父さんの子供でよかった。だっていっぱいお寿司食べれたんだもん」

式を終えた明くる日、美沙がいなくなってなんだか家の中がガランとしている。いつも家にいた訳でもないのに不思議だ。

「お父さん、どうしたんですか?ぼーっとして」

妻の江美子に聞かれた。

「おい、たまには寿司でも食いに行くか?」

「あら、珍しい、私でいいの?」

「私でってなんだよ。もう、お前しかいないだろう」

今夜はどんなつまみを食わせてくれるだろう。何を握ってくれるだろう。これからもずっと寿司はそこにあるだろう。

誰かの人生と共に。

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